気まぐれ言霊

歯科医がつれづれなるままに書く日記 どこにも無い情報もきっと、、ある。

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8/30 トロヴァトーレ

ボヘミア・オペラ
チェコ国立プルゼーニュ歌劇場

於 神戸国際会館 こくさいホール 2005.8.30

恋のライバルは兄!?
宿命の兄弟対決とふたりから愛される美女!
トロヴァトーレ Il Trovatore
「トロヴァトーレ」
全4幕・原語上演・日本語字幕付き
作曲:G.ヴェルディ 台本:S.カンマラーノ
原作:A.グティエレスの戯曲「吟遊詩人」
15世紀のスペイン、アラゴン王国。宮廷女官のレオノーラは
吟遊詩人(トロヴァトーレ)のマンリーコと秘かに愛し合っている。
一方、ルーナ伯爵もレオノーラに思いを寄せるが、
マンリーコは実は、幼い頃ジプシー女にさらわれたルーナ伯爵の弟だった!
真実を知らない二人の兄弟は、レオノーラを巡って対立を深めていく・・・。
「炎は燃えて」「見よ、あの恐ろしい火を」「恋はばら色の翼にのって」など、
名アリアが堪能できる、ヴェルディの傑作。宿命を描いたドラマティック・オペラ。


脇役にいたるまでそれぞれがちゃんと演技している。
オケの演奏がすばらしい、外人(欧米人)の演奏の音はやはり日本人などとは違う。
それとオペラの楽曲は実際にその舞台を鑑賞してからでは無いとまったく何のことか分からないし、ただうるさく聞こえてしまうのだろう。
今回のお話は、初心者向けには丁度良かった。話は単純なのだがそれを3時間じっくり掛けて歌い上げるという感じだった。
字幕も追いかけなければ楽しめないほど早く切り替わるわけでもなく、
大体の意味がつかめたら後は役者のほうをじっくり見れた。
しばらくオペラにはまりそう。





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地の塩の箱」をつくった江口榛一

ボランティアに生きる―「地の塩の箱」をつくった江口榛一 みんなで話しあおう!にんげん発見シリーズ
大石 勝男 (著), 岩淵 慶造


姿を消した聖人

青春18切符 4回分

 「青春18切符 4回分」  「青春18切符 4回分」 
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GOING KOBE'05

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ガガガSP

ガガガSP

ガガガSP コザック前田

新湊川に魚が

長田公設市場の前の赤い橋からなにげなく新湊川を覗いたら体調15cmほどの魚が川の上流に向かって泳いでいた。気になったので、川辺まで階段で降りて行って川面を覗いた。メダカのような小魚が多数と、川にすむカニ、アメンボが生息していた。上流の生活廃水も混じった川だと思っていたが、水質の浄化がすすんでいるのかもしれない。

伊勢内宮

五十鈴橋
近鉄特急
参拝。内宮の中は広い。カップルが多すぎる。正宮の中、白い幕の向こう側は見えないか、神がいまそこにいるという緊張感は日本一、警備が昔よりも厳重だ。また、現在の正宮に隣接する旧正宮(おそらく僕が小学校六年生の時はそこが正宮だった)の建っていた空地が余計に二十年ごとに建替えている神殿の特異さによって逆に神のいる社の緊張感を際立たせるのだろうか。ただし個人的には、丹後の元伊勢(吉佐宮)、特に大江山の皇太神宮内宮や宮津の籠神社のほうが、また行きたいと思わせられる何かがあると思う。大概、神社は参詣者数が少ないほうが惹かれる。
式年遷宮 平成25年の予定


現在の 伊勢内宮 正殿

旧正殿跡地

二十年振りの伊勢神宮へ

石上神宮を後にしてからは、再びJRに乗り、大神神社に参拝、ここには宮津の籠神社と同様な元伊勢と伝えられた神社がある、しかも最初の元伊勢。石上の時に歩き疲れたのでその元伊勢に行けなくて少し残念、しかし箸墓古墳は大神神社からだが見れた。やっぱり今の天照皇太神宮がある伊勢神宮に行きたいので続いて近鉄特急で宇治山田へ向かう。
大神神社 二の鳥居
参道、、、産道みたい


卑弥呼の墓といわれる箸墓古墳

石上神宮にて

道を間違えて石上神宮の裏側の山辺の道から入ってしまったが、かえってそのほうがよかった。思ってたよりもこじんまりした神社で鶏の鳴く声がするだけの静かな神社だった。帰り道はどうしても、行きしに通った天理教(神社から何もかもが巨大すぎてキモい)の街を通らなければ仕方なくせっかくの余韻が台無し。商店街でサンボマスターの新曲がかかっていた。

蝉の抜け殻

珍しく人間にえさをくれという状態しかも人間に一応懐く猫が一匹いた。
珍しくというのは、以前のある一時期なら、長田神社前の由緒書きの辺りにもいっぱいの野良猫がいたからだ、その頃の野良猫は、たいていの野良猫がそうであるように懐くと言うことが全く無く、ただ人間からある程度の距離を置いたところからエサくれの泣き声を発するものが多かったのである。またある猫などは、猫の横っ腹を指で「パチコン」と思いっきり弾いても動じないのもいたわけだが。
今朝の猫は、この熱い時期の野良猫にもかかわらず、そこそこ若い猫なのもあるのだろうけれど、毛並みも良く汚れてもいなかった。いま気がついたがもしかすると所謂「地域猫」と称される類で、それで食いつないでいるのかもしれない。
その猫に出くわした今朝のそのときには、猫のエサになりそうなものを持ち合わせていなかったので、長らく自転車の網籠に引っ掛けてアクセサリーにしていた蝉の抜け殻を、疑似餌にして食わせてみようと思った。こっちからしたら、全く猫を冷やかしているつもりなのだが、猫はそれには気がつかない。何度も、猫に、食べるように促して見たが少しかじるだけで、自発的には食べようとはしなかった。栄養状態からすれば、今にも死にそうな様子ではなかったのにも関わらず、すこし気の毒に思い、近場のデイリーヤマザキに行って、人間用の水煮のシーチキンの缶を購入して、猫のいた場所に戻ってみたが、もう既にその猫はいなかった。
少しの時間を待っていなかったことも考えれば、猫のほうもそれほど空腹ではなかったのだろう。と思った。

まっ、どうでもいいことなんだけど。

すずらんの会 発表会にて

050806_1608~01[1].jpg
白い三連星

夢見る夢子さんって死語かな

最近テレビを見ないようにしている所為で気がつかなかったがサンテレビの朝7時から気まぐれオレンジロードを放映しているそうだ。(その次の時間に7時半から放映しているキテレツ大百科はたまたま見かけたので放映していることは分かっていたけれど。)
80年代の後半(のアニメ)がとても懐かしい、それと同時にネットで死語の世界とかそういうキィワードで検索してしまうことが年に2度はあると思う。まだ過去を振り返るほどに長く生きている自覚は乏しいが、80年代はもしあの頃に戻れるのだったら今の年齢のままでも良いから戻ってみたい気がする。そのうちもし80年代村みたいなテーマパークが出来たら住みこみたいくらい。そのかわりそこに住んだら科学技術から何から80年代そのままの水準でというおまけつきで。

あのころの記憶で今でも憧れてしまうのは紺色のスープラTOYOTA JZA70 SUPRA、家庭教師としてお世話になっていた1988年当時京大医学部生の大谷先生が乗ってられたのが忘れられない。当時、家庭教師の先生に教えてもらうのに、分からないところがどこかさえ分からないようなあほだった僕でしたが、彼に教わったことで、元素の周期表の覚え方を教わったのだけは覚えてます。

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